Zerosy[M2D]

世界の34 都市のアーバンアートを追いかける旅”JETLAG PROJECT” その旅はアジアから始まり北はモスクワ、ヨーロッパ、南米そしてアメリカ。。2012 年にそのプロジェクトを終え写真集を発行。そもそもの始まりは97 年。グラフティを描き始める。それは揺るぎない自分の人生の道しるべとの出会い。99 年からはネパールやインドなどを始め西アジア諸国に頻繁にペイントしに行くようになり旅とペイントとゆうスタイルが自分のなかに徐々に確立していく。2000年以降はペイントの他に旅で集めたビンテージの紙、植物、動物の骨、金などを使ったコラージュやインスタレーションを国内外のギャラリーでSATO 名義で作品を発表。SATO 名義の作品はギャラリーにグラフティーのフォルムを一切持ち込まない自分なりのこだわりがある。作品はノリやポップさを重視ししている作品が殆どだが、時に皮肉で政治的な一面を見せる作品を毎年発表し続けている。それは本人のフロントラインであるグラフティクルーMANAGE2DESTROY の掲げる思想や反撥を体現した作品でもある。プロジェクトが終了した現在はタトゥーアーティストとしても活動している。
Q&A
- まずあなたのバックグラウンドを教えてもらえますか?
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グラフティーと旅です。2012年に世界を一周して“JETLAG”という写真集を制作しました。
- アーティストとして活動し始めたのは何歳ごろですか?またそのきっかけは?
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アーティストの区切りはわかんないんですけど、とりあえず初期衝動は19歳です。仕事でLAのサウスセントラルのウェアハウスで働いていました。朝出勤してる時フリーウェイからソレが見えるわけですよ、、で自分もやりたいなと。
- アートは人々に影響をもたらすと思いますか?もしそうであればどんな事だと思いますか?
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自分がやってることがアートかと言えばわからない。売りたい商品は人にベクトルが向けられていてアーバンな活動は自分にベクトルが向いている感じです。それは陰と陽みたいな感じでバランスを保っています。
両方の活動は自分では意識していないけどなにかしら人に影響は与えているのかなと思います。 - 作品を作る際にいつも心がけていることはありますか?
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自分の好きなものを自由に作るようにしています。あと自分はギャラリーやインドアの展示には外の活動のものを持ち込まないようにしています。常により外での活動を楽しむためのバランスを探しています。なぜなら雑念が少ないモノほど純粋で強くて奇麗です。
- 今回坩堝は「日本」をイメージした作品を依頼していますが、どのような作品作りをしましたか?
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自分の所属するグループのイメージで制作しました。DESTORYという造語を引用しました。
- 最後に坩堝に参加しようと決めた理由を教えてください。
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制作にはいったメンバーの2人は面識もあって、依頼があった時はすごく嬉しかったです。坩堝のコンセプトやプロダクトも気にいっていてとても感謝しています。ありがとう。